2015年5月30日土曜日

ラン・オールナイト


監督:ジャウム・コレット=セラ
原題:Run All Night
上映時間:114分
パンフレット:720円★★☆☆☆(週8でブロードウェイの演劇出演していたエド・ハリス、作品と本人が熱望して週1日だけのスケジュールで出演を果たしたエピソードがすごい)

いつものニーソン、いつもと違うニーソン

リーアム・ニーソン主演作品「96時間」シリーズ「THE GREY 凍える太陽」「フライト・ゲーム」と、ここ最近映画を見るようになってからわりとたくさん見ています。そのほとんどが、おおざっぱにいえば同じ特性を持った主人公であるところが、逆に「さすが、ニーソン!」って気持ちになります。たいていの主人公は、自分の職業的な問題から家族との折り合いが悪い男が、なんらかのトラブルにみまわれたことを理由にスイッチがはいり無敵状態になるという特性の持ち主。今回の「ラン・オールナイト」ではほぼそのプロットで動くものの、きちんとニーソンが徐々に弱まるところが描かれるところが新鮮で、最後はその死に様にしびれました。

序盤に事件が起きる前のニーソンの下衆っぷりが描かれるのもよかった。日長ウィスキーを飲み、無茶ぶりされてサンタクロースのコスプレをして、子供を片膝に乗せてその母親に「こっちの膝はあいてるぜ、グヒヒ」ってなっているどーしようもないアル中ニーソン、下衆ニーソン。壊れたヒーターで暖がとれずに、毛布に包まれてテレビでアイススケート観戦するニーソンもかわいかった。もふもふニーソン、ほっこりニーソン。

そして、エド・ハリスとの男の友情について描かれるのも、味わい深くてよかったです。過去の修羅場や汚い仕事が具体的にどうだったかはサッとしか描かれないけど、現在の彼らのつながりをみればその結びつきの強さが伝わってくる。ニーソンの「ここからは一線を越える」という宣誓からのバーから休車場での射撃、そして死にゆく友との最後の抱擁まで経年変化がある男の絆はBL需要にも耐えうるものだなと思いました。

あと、エンディングロールで数回しめされるフォント違いの題名「Run All Night」、ズーンとくる感じもすばらしい。しかし、何回も「Run All Night」というタイトルを意識しているうちに「あれ、そんなにいうほど走ってなかったかも・・・」という気持ちになってきたりもしました。そんなに走ってないけど、アクションシーンも執拗にパートカーを追い詰めるカーアクションやファイナルディスティネーションを想起させる火事と火事場の殴り合いとか、見てて楽しかったです!

2015年5月23日土曜日

ゼロの未来

家で仕事したい、いや仕事したくない

監督:テリー・ギリアム
原題:The Zero Theorem
上映時間:107分
パンフレット:700円★★★☆☆(監督インタビュー、笑い声の表現が「わはは!」であるところに、吉田豪っぽさを感じる)

テリー・ギリアム監督作品、今回はじめてみました。ライムベリーというラップアイドルの曲で「テリーギリアムより気になるサブリミナル」というリリックがあるので、どんだけサブリミナルはいっているのかなと思ったんですが、気付けなかっただけかサブリミナルはそんなになかったように感じました。
この映画、見終わったらとにかく仕事を辞めたくなりました。そして、同時に元気が沸いてきました。なんでかなと思ったんですが、この映画、サラリーマンが在宅勤務を経てリタイヤする話とも読み取れるからなのかもしれません。主人公コーエン演じるクリストフ・ヴァルツが自宅で鳴る電話が気になるという理由で在宅勤務を希望し、「ゼロを証明する」という謎の仕事請け負うかわりに在宅勤務を許されたが、だんだん自身の調子が悪くなってきてパソコンや電話を叩き壊したりし、色々あって最終的にはボス役のマッド・デイモンに「キミはもういらない」と言われる。最後、マッド・デイモンに見放された時になんかうれしかった。会社から見放されるって、絶望的にもとれるけどこの映画の中では「あ~、解放された!」と感じられました。
映画の中での近未来は、液晶宣伝広告が人を追いかけたり、ピザの箱を開いた途端に宣伝BGMが流れたり、パーティでイヤホンで各人が個別に音楽を聴いて踊っていたり、さまざまなことが禁止されている標識がたっていたりと、ちょっと未来表現にレトロさを感じました。途中に出てくるアダルトサイトとそれを楽しむためのコスチュームはそのデザインだけをみると全然未来感ないのですが、なんかそこにかわいらしさを感じました。レトロさのある未来表現はかわいいっていうことなのかなぁ。。。その懐かしさに心をくすぐられるのかもしれません。

2015年5月16日土曜日

龍三と七人の子分たち

監督:北野武
ジジイ×ヤクザ=老害

上映時間:111分
パンフレット:820円★★★★★(写真もいいし、各キャストインタビューもあるし、コラムもあるし、充実している)

北野武監督作品といえば、近年の「アウトレイジ」シリーズの印象が強くて、そういうのを期待して見にいったんですが、よくも悪くもぜんぜん違う作風の作品でした。どちらかというと今作品は、コメディタッチの作品で北野武映画というよりはビートたけし映画を見たような気分になりました。個人的には「アウトレイジ」の冷たい暴力描写に非常にしびれたので、今回の映画は拍子抜けの部分がありましたが、北野武監督の振り幅を感じることが出来ました。
冒頭で、主人公 龍三がヤクザを引退した後に家族に養われ、若干肩身が狭そうにしているい暮らしっぷりが描かれるんですが、昔の仲間を集めヤクザを再結成した後には元ヤクザの老人たちが威張りはじめるのを見て「ふあ、めっちゃ老害!」って思いました。おのおの1人だったら「かわいそうなジジイだな」ってくらいな印象で変わり者ではあるけどおとなしくしてたのに、集団になると威張りはじめるのは「おまえら、迷惑!」って思いました。集団になると威張る人って、嫌だねぇ。でも、昔の仲間と集まると元気になるってことだね、きっと。
この話、老人たちがヤクザを再結成して、京阪連合というずるがしこい若者の悪と対立して、わちゃわちゃするのが「ジジイの人生に、最後の青春の花を咲かせる」という風にも読み取れるのですが、その抗争中にはモキチは殺され、そして抗争が終わった後には70歳を超えた老人たちが全員牢屋にはいらなければならないという一花咲かせたことによる代償というか空しさも感じました。とはいえ、「出てきたら今度は、俺が親分だな」「だって、ふたり刺してるもん」という最後の台詞に見られるように、懲役よりも親分ポイントのほうが気になる感じが「男って、しょうもな!」って軽く笑える感じでよかったです。そして、「バカ野郎!てめぇが出てくる頃には、みんな死んでらぁ」と瞬時につっこめる老人バディ感にはちょっとあこがれを感じました。

2015年5月6日水曜日

海にかかる霧

積荷であっても、女は乗せるな

監督:シム・ソンボ
原題:海霧 Haemoo
上映時間:111分
パンフレット:1000円★★★☆☆(600円の通常版でもよかったんだけど、豪華版しか在庫がなくこちらを購入。役者陣が方言の習得に努力したことがよく分かった)

ポン・ジュノ監督作品と思ってたんですが、鑑賞後パンフレット読んだらポン・ジュノは製作・脚本で、監督は「殺人の追憶」で脚本を担当したシム・ソンボだということ知り、すっかり勘違いしていたことに気が付きました。ポン・ジュノ監督作品だったとすると「スノー・ピアサー」がいまいちだったので「今回は本国で撮ってるしどうかな」とちょっとその出来に興味があったんですが・・・ポン・ジュノ、次は韓国で監督するのかなぁ。
「海にかかる霧」は、実話ベース×閉じた空間物と、自分にとってはかなり好みな要素が揃っていて、実際好みの映画でした。ただ、前半は描写がドライなのに対して、後半にメロドラマっぽいぺっとりした演出でそれが自分的には好みではなくちょっと残念でした。
前半の漁のシーンの、たんたんとしつつも働く喜びと船員のつながりを見せるところとか、陸に戻った後に分かる生活の困窮っぷりとか、ついつい説明的に描きがちな人物描写をさらっと距離をもった感じで描く感じはかなり好きでした。船長のキム・ユンスクが、自宅(兼居酒屋?)に帰宅したら、嫁がお金を取って男とSEXしているのに居合わせ、「すげ~怒るのかな?」とドキドキしてみてたら、たいして声もあらげず、嫁のほうが「あいつのSEXのが、あんたよりマシ!」とか声を荒げて天井から吊ってあるトイレットペーパーで股を拭き拭きするシーンは、中でもかなり好きですね。いろんなことをあきらめちゃってるキム・ユンスクの心情が伝わってきました。あとあと様々な事件が起きる中でも、他のことはどうでもいいけど船だけはあきらめられないんだなと、彼のことを理解出来たような気になれました。
船長のキム・ユンスクが「女を船に乗せるな!縁起が悪い」って数度にわたって言っているのですが、観客だけには機関室に女をいれたことによることがきっかけで不用意にそこにあるレバーが引かれたことが見せられていて、魚倉庫の移民が全員死んでしまったのもやっぱり女を船に乗せたからともいえるんじゃないかなと思わせられました。海の男のそういう験担ぎ、馬鹿に出来ないなと感じさせられました。
あと、船長に機関長が殺されたのを息を殺してみていた、パク・ユチョンとハン・イェリがその後SEXしたのも、「人間も生物として、生存の危機が訪れると子孫を残そうと自然と繁殖行為にむかうのかな」と思ったり。そういう通説みたいなのも、やっぱりその状態になると意外とあるものなのかなとやけにそのSEXを納得して見てしまったりしました。

2015年5月2日土曜日

ワイルド・スピード SKY MISSION


最高の予告編、最高の映画

監督:ジェームズ・ワン
原題:Furious 7
上映時間:138分
パンフレット:720円★★★★☆(ポール・ウォーカーの死から映画を中止しようとしていたエピソードにとどまらず色々な製作秘話があっておもしろい。欲を言えば、もうちょっといい絵の写真がほしい)

ワイルド・スピードシリーズは、2作前の「MEGA MAX」と1作前の「EURO MISSION」は見てます。それまでのシリーズを見ていなくても、脳みそがドーンと吹っ飛ばされる楽しさがあって、「これぞ、私の憧れるアメリカ!」って感激できるので好きな作品です。
今回の「SKY MISSION」、事前に数回予告編を見てたのですが、スカイダイビングをする自動車の絵に「さ・ささささいこーーー!」と予告編で既にテンション馬鹿あがりしました。ちょうど初めて予告編を見たのが、「96時間 レクイエム」というシリーズを減るにつれ面白さがどんどん目減りしている作品だったこともあり、鑑賞後に映画の面白いところを思い出そうとしたら「SKY MISSIONの予告編、最高だったな」とそれしか思い浮かばなかったほどでした。ただ、予告編でスカイダイビングやギリギリ崖サバイブやド派手なパーティなどなど良いシーンを見せすぎだったので、「これ以上のシーンがあるのだろうか!?」と心配もありましたが、予告編では確認出来ていなかったアブダビでのフェラーリの2段階ツッコミなどありえない絵に思わず笑いがこぼれてめっちゃ興奮しました。あと予告編で見たシーンも本編で見るとまた格別に面白い。公開がはじまってしまったので、あの予告編が劇場で見られなくなるのが残念だったりもします。
私がいままで見た「ワイルド・スピード」と比べても、今作は脳みそが空っぽになる馬鹿さとカッコよさの要素がはずば抜けていて、終盤ヴィン・ディーゼルの投げた手榴弾の詰まったズタ袋が飛行機の足元にひっかかってドカーンとする展開までこの作品の陽性的要素を存分に満喫しました。
なので、全ての戦いが終わった後、海辺で語らうファミリーたちの絵から今作が実はポール・ウォーカー追悼作品でもあったと気が付き、意表を付かれすごい感情の落差で号泣メーンしてしまいました。何も言わず浜辺から立ち去るヴィン・ディーゼル、「さよならも言わずに行くのか」と彼を追いかけてくるポール・ウォーカー、違う道を選び遠く離れていく二人の車の空撮。新しい家族をもつために戦いを離れるワイルド・スピード上のポール・ウォーカーと現実世界の自動車事故で急死したポール・ウォーカとの別れがオーバーラップしました。ワイルド・スピードの作り手はアイデア一発を絵にするためにはプロセスは問わないようにも思っていたのですが、ポール・ウォーカーの死後にこのエンドマークをつけたことを思うと、愛があるしうまいなぁとも感心しました。序盤からずっと各登場人物が「もう誰の葬式にも出たくない」と言ってた台詞も思い出され、今作品がどれだけポール・ウォーカーを悼んだ作品かが伝わってきました。この作品が作り手からも観客からも愛されている作品だと感じることができ、いままで見てこなかった旧シリーズも見たくなりました。

2015年4月30日木曜日

2015年4月に見たいくつかの映画

4月はブログに感想を書いた映画4本以外に、新作映画2本「フォックスキャッチャー」「チョコリエッタ」を見ました。(合計6本鑑賞)

思い返すと、アイドルDD会というクラブイベントでハロプロ賛歌ラップを新作としてやったため、その練習で月の前半はとても忙しかったです。でも、本番では息が切れまくって、不完全燃焼でちょっと残念だった。ラップしながら、踊ると息が切れるという発見。(下記暗くてまったく目視できないラップ動画)

「フォックスキャッチャー」は、ムービーウォッチメンの見逃し作品。友達に車に乗せてもらって一緒に見にいったら、めちゃくちゃ渋滞していて映画の上映時間に遅れかけ、駐車場から映画館まで今年イチのダッシュを決めることになりました。
デュポンの御曹司とシュルツ弟が一度は利害関係と心情が噛み合っていただけに、シュルツ兄がチームに呼ばれた後に関係性が崩れていく描写がひりひりした。この作品を今年の暫定一位とうたう、宇多丸さんの評「正しさが人を救わない時もある」という表現が印象的でした。
「チョコリエッタ」は、シネマテーブルで原作者と監督を呼ぶというわりと珍しいイベントが開催されたため、それに参加するために鑑賞。原作にはない要素として「2011年の震災をまたがった世界にした」という部分を、原作者と監督がいるイベントのなかでお話がきけたのが面白かった。大きな喪失感をもった主人公に、社会の喪失を沿わして描いたことで青春映画として主人公の心情の味わいが薄れたように個人的には感じましたが、でも、何か取り込みたい要素のために映画監督が頑張るというケースがあるんだなというのが作り手の声を生で聴くことで生々しく感じられました。

フォックスキャッチャー
監督:ベネット・ミラー
原題:Foxcatcher
上映時間:135分
ぼく、ブラコン。おれ、マザコン。

チョコリエッタ
監督:風間志織
上映時間:159分
原作にないがある理由

2015年4月23日木曜日

セッション


鬼コーチじゃないよ、鬼だよ

監督:デイミアン・チャゼル
上映時間:107分
原題:Whiplash
パンフレット:720円★★★☆☆(監督インタビューを読むと、自らの体験をベースにした映画だということがよく分かる)

WOWOWでアカデミー賞受賞式のまとめ番組みたいなのを見ていたので、助演男優賞を受賞しているこの作品も「すげー怖い先生の音楽映画」という情報くらいは知った状態で見にいきました。映画を見終わったあと、身体がこわばり大変な疲労感を感じました。この疲労感、最近だと「アメリカン・スナイパー」を見た時の感覚に似てました。この映画、まるで戦争映画のような緊張感がありました。
私は女性アイドルが好きなのですが、その特典映像とかドキュメンタリー映画とかでたまに見られる「アイドルがレッスンで先生にしごかれる」というシチュエーションが見ててハラハラし、そしてすごい好きだったりします。今年上映された「アイドルの涙 DOCUMENTARY of SKE48」での「牧野アンナ先生による「ピノキオ軍」のレッスンの際、松井怜奈が途中で倒れるも他のメンバーがまったく声をかけない」シーンとか、常軌を逸したがんばりにヒヤヒヤしつつ「やっぱり、常人の届かないところに手を伸ばす&伸ばさせる閉じた世界すげえ」と胸がドキドキして目が離せなくなります。この「セッション」もそういう異常なしごきと頑張りが見られて、個人的嗜好が満たされました。一番お気に入りのしごきシーンは1・2・3・4カウントでビンタを張って、テンポを取らせるところ。他人事だから「そりゃねぇわ」って笑い事のようにも思えるけど、これ我が身に振りかかってきたら映画の自殺エピソードよろしく鬱病になってしょうがないと思う。
ニーマンが学校を退学になりフレッチャー先生が先生を辞めた後、2人がジャズバーでばったり会いフレッチャーがチャーリー・パーカーのエピソードを語り、しごきも「至高のステージを目指すには、必要悪なのかも」と思わせたあとで、フレッチャーがニーマンを自分のバンドに誘い、そしていよいよ本番の演奏でフレッチャーが「学校にチクったのお前だろ!」と言ってニーマンに提示してたのとは違う曲を演奏するという、「鬼コーチが、たんなる鬼というか人非人」だったという真実が提示されるところに、くらくらきたしいままで見えてなかったものが見えた思いがしました。夢が叶うかもしれないという人参をぶら下げられることにより、師に妄信するのって危険。つーか、やっぱり何かを疑いなく妄信するのは危ない。しかし、妄信によって異常に頑張れるというのもまた事実。終盤のクライマックス、舞台の上でもってフレッチャーとニーマンの関係性がかわっていくところも面白かった。この後の2人の未来が明るいようには思えないけど、あの瞬間には2人の間に快感をもって通じ合うものがあったように感じました。